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「後悔」と「行動」

YouTubeをみていたら
Bリーグの栃木ブレックスの田臥選手の高校時代の映像が出てきました。
高校3年間で全国大会9冠と全国大会で負けなしという能代工業の話です。

このチームは田臥選手を始め若月選手と菊池選手が1年生からスタメン出場。
彼らが3年生になって最初の全国大会はインターハイ。

試合に臨む前に監督のインタビューでは
「今年の彼らは何も成し遂げていない」
という言葉がありました。

スタメンのメイン選手がすでに2年間負けなしで来ている選手を
何もしていないと言える監督もすごいなと感じました。

彼らは結果を求めて、結果があってこその存在という位置づけが
凄すぎるなと感じています。

9冠を達成した後の田臥選手も
「高校バスケが後悔なく終われました」
という言葉が印象的に感じています。

悔いなくスポーツを終えれる選手なんていないと思います。

目標達成しなければ、必ず
〇〇すればよかった。
◾️■していれば
と思うでしょう。

そうならないために、
一日1日をどう行動していくのかを
考えていただきたいと思います。

「柔軟性」と「これから」

スポーツの形が大きく変わろうとしています。
一緒にスポーツをする仲間を疑うわけではないが、
直接触れない。
近くに集まって話ができない。
など。

昔はこうだった。と言っても今は批判されます。
なのでこれからは、柔軟な考え方、発想がこれから必要になってきます。

この柔軟さは、大人より子どもの方が遥かに発想力が高いです。
なので、今大人はある程度のルールだけを子どもたちに渡して
子どもたちが生み出すということをしてみてはどうでしょうか?

学校が数ヶ月休校で勉強が止まっていました。
基礎の学力はとても大切です。
しかし、社会に出ていくにあたっては、新しいことを生み出す
楽しさなどがないといけないと思っています。
それを今子どもたちが体験できるということが素晴らしいことではないでしょうか?

子どもたちは集まれば「密」と冗談まじりに言いながら
距離とっていきます。

チームスポーツでよくある円陣も距離を取りながらどんなポーズがいいか?
ハイタッチはどんな形がいいのかを楽しく作り上げて始めています。

そんな指導いかがでしょうか?

「インドア」と「アウトドア」

小学校の頃から、スポーツを行うのは全て体育館でやってきました。
中学の時週1回ぐらい外でバレーをしていたこともありましたが、基本は体育館。

雨が降ろうが、風が強かろうが関係なく、同じ動作ができるための努力でした。

社会人になって、スノーボードを初めました。
そこで、初めてスポーツを行うフィールドが外になりました。

しかしその世界は作られた世界であり、
私が行った競技もスラロームという
スピード競技なので選手に公平なコースになるよう配慮されていました。
そこでも同じ動作をスピードの中で繰り返すことができるのかというスポーツでした。

そんな時サーフィンに誘われましたが、戸惑いの連続で長く続きませんでした。

最近になり、ビーチバレーを始めることになり、
練習環境や天候、風などいろんなことを考えてスポーツをすることが
楽しいと思えています。

昔、スノーボードのトップ選手から
「実は同じことを繰り返すスノーボードより、
その時その時で違う波を攻略するサーフィンの方が好きなんだよね」
と言われたことを思い返しています。

スポーツは様々なものがあります。
戦う相手が自分自身であったり
対戦相手であったり
コースであったり
自然であったり
私のスポーツの中で正解を出すためにどう準備をするかが強かったのかと思います。
受け入れることが最近少しづつできるようになってきているからこそ
アウトドアスポーツにたどり着き、それを面白いと感じ出しているのかもしれません。

インドアの選手は、一度アウトドアのスポーツを経験することを勧めます。
そしていろんなことを感じて欲しいと思います。

「選択」と「正解」

負けるための選択をしていると言う話を以前こちらのメルマガにも書いたと思います。
昨日それが目に見えてわかることがおきました。

スポーツは結果があって、
その選択が正しかったのか、どうなのかがわかります。
なので、選択し、行動をした時には、
みんな正しいと思って行動をしています。

そして、人の思考には癖があります。
負け続けている人たちの選択にはその癖が影響して、
負ける方を選んでいると言うことがあります。

昨日起きた出来事は、バレーのゲーム形式でプレイが途切れた時、
私がある選手に今のはどうだったのか?こうした方がいい?と
コート外から指導をしていました。

すると隣にいた選手が話しかけて、
指導していた選手は視線を話しかけてきた選手に移し、
そこで会話が始まろうとしていました。

この選択は、結果を見るまでもなく負けるための選択であり、
練習に来ているのではなく、遊びに来ていると考えます。

バレーボールはチームスポーツです。

話しかけた選手も悪ければ、
それを聞いた選手も悪し、
周りの選手も止めれないのも悪い
それら全てが負けるための行動をしていたことになります。
そのことにガッカリして練習を中止しました。

コミュニケーションの大切さを常に伝えていますが、
コミュニケーションをとるタイミングや内容がとて大事です。

ましてや指導者とのコミュニケーションに障害が生まれてくるので
あればそこはもはや無法地帯。

部活で、スポーツ経験のない方が顧問を行うことがあります。
結果どうなっていますか?
多くの保護者は、指導者を探すと思います。
それができないチームは、勝つことどころか、
チーム内の人間関係もまま、人のせいにしながら大会を終えていきます。

これから3月まで、学校や部活動が元に戻るために駆け足で進んでいきます。
そんな中、ついていけない選手は、
置いていかれることがあるかもしれません。
置いていかれないためにどんな選択や行動が必要なのか、話をしていただき、
選手がしっかりと正しい選択ができるように、
サポートしてあげてください。

「通常」と「混乱」

私が指導しているバレーボールのチームや教室の話です。
通常、パスは向かい合ってやるものだと思います。

しかし、私のところは、向かい合ってパス練習はしません。
そして複数人で、ボールも複数個使って行っています。
これは、非日常であって、バレーボールでは実際には有り得ませんが、
選手たちの思考を混乱させる中で、通常のパスができるかどうかを練習しています。

そして、私は同じ学校の選手たちが組むことを嫌います。
違う学校の選手と組むと、バレーボールの教わり方、考え方が違うので
選手が混乱して通常のプレイができなくなります。

バレーボールに限らず、道具を使うスポーツは、使い始めや技術習得の始めは

必ず混乱が生まれます。

混乱して考えるからこそ、選択肢が増えて、
技術の習得や体の動き方を身につけることができます。

私たちは、新しいことにチャレンジすることに臆病です。
そして、混乱することを嫌います。
それは、よりエネルギーを使うからと今までの経験を一旦捨てなければ
いけないと考えるからです。

混乱は新たな技術習得している最中と考えて、新しい技術が習得して時のことを
考えてワクワクしたら混乱も楽しめて向き合えると思います。

「負ける行動」と「勝ちへの不安」

選手たちに時々「君たちは、負けるための選択や行動をしている」
と話をすることがあります。
すると、選手たちは「勝つためにやってるんですから、そんなわけない」
と言い切ります。

「じゃ〜、今の練習に対する行動は勝つための行動や選択をしていた?」
と聞くと
選手たちは「あっ!」と気付き、下を向きます。

集中力がかけている時によくこんな会話をします。

試合中に動けるはずなのに、動かない。
頭ではわかっているでも、体が動かない。
しかし、体は脳から指令を受けて動きます。
体が勝手に動くことはないのです。

たとえば、勝ってしまうと、厳しい戦いが続く練習も厳しくなる長い期間をやらなければいけなくなるだからこのポイントは取ってはいけないポイントうまくなってしまうと大変だからこのぐらいにしておこうなどなど
負けたい理由はたくさんあります。
しかし勝ちたい理由を聞くと答えは少ししかでません。

と言うことは、言葉では勝ちたいと思っているのに
脳では、負けるための理由をたくさん思い浮かべています。

やるべきこと、やるべき理由が少なければ不安になります。
逆に選択肢が多くてこれをすればいいと行動がわかっていれば安心します。
勝つこと=不安
になっていることは事実なのかもしれないですね。
不安に感じないため
そして、勝つための練習、行動をするために
選手と多くコミュニケーションをもってみてください。

「切り替え」と「ゆるみ」

私が住んでている浜松では、学校が徐々に再開され、
6月から部活もできるのではと聞いています。
市の施設も室内運動施設の貸し出しは今月末まで使えませんが、
屋外施設は使えるようになりました。

そんな中で、数名の選手とビーチバレーをしてきました。

そこでどんなことが起きたかというと、
中学生が砂遊びを始めました。

インドアしかやってきていない選手は

ビーチバレーボールのコートは大きな砂場でしかなく
砂場は遊ぶところになっていました。

保護者の方と話をしましたが、バレーボールもできるし、
外でこんなに楽しく遊ぶ姿を見るのは何年かぶりなので、
今日はこんな感じでいいですよ。と言われました。

部活も始まります。
市内大会も開催に向けて先生方が動いているようです。
これから全てが新しい行動になっていきます。
その度に新しい経験が遊びになってしまうと、
次の大会は学校の球技大会のような大会になってしまうことが
予想されます。

そうならないためにも、自分自身で切り替えることが大切です。
これだけ規制をされて自分たちで自粛してきたので、
これから、体を動かせるようになると
嬉しくて楽しくなるのは当たり前です。

しかしながらいつまでもゆるみっぱなしとなることも
ないと思いますが、切り替えを意識して、
ゆるみから引き締めに、そして真剣になるように心がけてみてください。

「返事」と「SNS]

SNSをみなさんはどう使っていますか?

最近新しいシステムにのって仲間たちの交流を

前のシステムから移行しだしています。

試験的運用と言っていたので、みんながシステムの使い方の

勉強をしている感じなので多くの書き込みがあり

その度に携帯がなります。(設定かえればいいんですが)

かと思えば、仕事のグループなどは、既読はつくものの

何もアクションを起こさない人たちがいます。

小さい時から、返事をしましょう!って教わってますよね。

人数が多ければ既読スルーも仕方ないのかな、

そう言う問題ではないのかな

いろいろ考えさせられています。

あるテレビでネットで会議をするとみんなが発言をするようになる。

雑談からアイデアがでにくいかも。と言っていました。

新しい時代を迎えようとしている今、
どのように相手のことを知り、
自分のことを伝えていかなければいけないのか?
スポーツの仕方も変わらなければいけない部分が出てきます。
改めて皆さんも考えてみてください。

「挨拶」と「気持ち」

昨日に引き続き、メンタルトレーナー仲間のでの話です。

挨拶についてどこまで指導していますか?
という話がありました。
この方は、武道の指導者で、しつもんメンタルトレーニングを
学ぶ前までは、しっかり挨拶をしなさいと姿勢など細かい部分まで
指導していたそうです。

また、ある人は息子を少年団の体験に連れて行ったら指導者が「ウィーッス」的な
挨拶で、そこでスポーツをさせるかどうか考えたとか。

また、ある人は、大会本部の人が声が小さいから
挨拶ができていないって言っちゃうのはどうなのかなとか。

また、ある人は自分は自分から大きな声で挨拶はしますが、
強要はしません。
など、いろんな意見がありました。

挨拶や、ありがとうなどは気持ちがどうか?
なのではないかと言う議論になりました。
形だけ教えて、そのときはしていても、あまり意味がなのでは
それより、声が小さくても、もじもじしていたとしても
自分の言葉で感謝が伝えれることが大事ではという感じになりました。

ただスポーツはそこをしっかり教えるところと言う認識や
強いチームがやってるから当たり前
的なイメージがあるのも事実で、そのために指導者と保護者との
会話が必要という話になっていきました。

みなさんは、あいさつについてどんな風に考えて
そして実践していますか?

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