「レギュラーの考え方」と「レギュラーでない人の考え方」

部活は教育の一環なのか?椅子をだしたり、お茶をだしたりする気遣いは、何にいかされるのか?ある人のブログにいろいろ書かれていました。


その中で、レギュラーはボールをさわり、そうでない人は応援手伝いに回る。これは教育としてどうなのか?と触れていました。


義務教育では誰しもが同じ教育をうけれるようになっていると思います。それが部活になると、試合に出れる人、そうでない人に振り分けられます。

公式戦での緊張感は公式戦でしか味わうことができません。

そこを知りプレッシャーの中で動くことが大きな成長につながっていきます。
公式戦に出れるレギュラーは勝つために貪欲になっていき、いろんなことに挑戦をしていこうとします。

逆にレギュラーになれなかった選手は、一芸を磨く傾向にあると思います。
いろいろなスポーツやポジションにもよるかもしれませんが、こうなるとレギュラーから技術も考え方も、行動もどんどん離されていきます。

いつの間にか、人のせいにしたり、体格のせいにして、自分と向き合うことをやめてしまいます。

公式戦の体験ができないのであれば、練習でどこまでこうしきせんのつもりでやれるかになると思います。

しかし、そこを意識できるのはやっぱり公式戦を経験したものだけになります。
中学生の練習をみていて、最近集中力のなさを感じることがあります。それはきっと、どこかでレギュラーを諦めている部分がかるのかもしれません。

現在の2年生はほぼほぼレギュラーが決まり、チームとしての活動になっていくと思います。

春から夏に向けて数ヶ月で大きな成長をきたいするのではあれば、今のこの時期に多くの選手に役割をあたえレギュラーとして参加されることが大切ではないでしょうか?

というより、教育であれは同じ環境を与えてあげて欲しいなと思います。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

WordPress.com サイト.

ページ先頭へ ↑

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。