「自由」と「困惑」

「自由にやっていいよ」
「自由に発言して!」
と言うと、子どもたちは「やった!」と喜びますが、
「で、何する?」となって、なかなか事が進まない事があります。

なぜか、選択肢を子どもたちが持っていないからです。
練習でも、子どもたちに任せると、どこかでやった練習内容を

こなす方向になっていきます。

子どもたちの自由は、ある程度決められた中での自由であり、
自由だから新しいものを生み出していくと言うことにはなりません。

これは子どもたちは全て受け身の行動が「いい子ども」と
評価される事が多いからです。

コロナの休校期間、ある選手が
「普段、時間なったら授業が始まって、放課後になったら部活があり
帰ればご飯があり、全てが用意されていたことに気づきました。
休校期間中は自分で考えて行動しないと、何もしないで1日が
終わってしまう事もありました。」
と言っていました。

時間に自由が生まれる中で、何をするか考えると言う作業が
大変だと気づき困惑したことを教えてくれました。

子どもたちが自由にできていると感じる事が

大きな成長と豊かな発想ができるようになります。
その枠を大人がどこまで広げるのか縮めるのかが
ポイントになっていくとおもいます。

みなさんの周りの子どもたちは自由な発想で活動できていますか?

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