「言葉」と「コミュニケーション」

「言葉」と「コミュニケーション」

ブログ休載?(勝手に休んでただけですけど)中に、

私が運営している中学生のバレーボールチームに

大きな変化がありました。

それは、女子の練習会が始まったことです。

3回の練習を行い登録してくださった方18名、

まだまだ問合せで体験できるかなど頂いています。

そんな中、変な日本語のメッセージが届きました。

何回も読み返すとなんとなく翻訳システムを使って

送っていることがわかりました。

僕は日本語しかしゃべれません。

そのことを伝えてると

「私もポルトガル語 しかしゃべれません。 でも大丈夫」

と返ってきました。

ある選手に会う機会があったので、

「日本語しゃべれない選手が来るかもしれないけど大丈夫?」

と聞くと

「大丈夫でしょ。なんとかなりますよ。」

と、

私が今までコミュケーション=言葉(日本語)が当たり前と思っていましたが

言葉が通じないと思うだけでこんなにオドオドするんだなって感じています。

そして、参加しようとする選手や聞いた選手の感覚がうらやましく思い。

ぜひこの選手にきてもらい、いろいろ可能性を私を含めて広げたいと

考え、今はとても楽しみしています。

みなさんの周りでもし言葉が通じない方が周りにきた時、受け入れることができますか?

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