ビジョンをハッキリさせよう

本日の日刊スポーツ静岡版はお読みいただけましたか?

今回の連載記事は
「ビジョンをハッキリさせよう」
です。

チームの考え方や、目標はしっかりと提示しなければいけません。

この部分を出すことにおいて集まってくる選手も変わってくるのではないかと思います。
チームのビジョン考えてみてください

前に講演会の参加者アンケートに「やりたい子ども集まってくるのが羨ましい。少年団は学区の規制もあるし、やりたくない子どもを親が無理やり入れることもある。スポーツと向き合う以前の問題がここにはあります。なので参考になりませんでした。」と言うのがありました。

私は感想などいただいて時間がある時は主催者様にも感想を見てもらっています。

主催者様は、「この指導者に一番聞いてもらいたくて開催し、お越しいただいたのにあの話を聞いて響かなかったですね。残念でした。」と教えてくれました。

この指導者はこのチームのOBです。
少しでも子どもたちと関わりを持って笑顔になってもらいたいと代表の方が指導者として誘ったそうです。

チームは、子どもたちのためにどうするのか?と言うビジョンを各学年のお父さんコーチたちで話し合って決めているそうです。

指導者として参加してスポーツ以外のことをしなければいけないと言う葛藤がこの指導者にはあるのだと思います。

この迷いが子どもたちにも伝わりやりたくない子どもが無理やりきているだから上手くならない。

自分は何をしていいのかわからないと言った感じになっているのではないか。
と主催者様と話をしました。

スポーツにのめり込んでいくと、どうしてもビジョンなどを忘れてしまい。
勝つことに向かって行ってしまいます。

クラブチームではこれらのことが言われるようになってきています。

部活や地域での活動ではこれらのことが明確にならないままスポーツが行われています。

指導者、選手はもちろんですが、保護者や応援してくれる周りの人たちにこれらのことをつたえみてください。

必ず取り組み方が変わってきます。

「期待」と「裏切り」


選手たちのメンタルトレーニングの一場面で、大切にしているものと聞くと「家族」と答える選手がおおいです。

そして、家族は何を期待していますか?と聞くと「勝つこと」と答えます。

簡単に「勝つこと」と言える選手を皆さんはどう思いますか?

保護者の方と話を聞くと、
「最後までやりきってほしい」
「楽しくやってほしい」
「一生懸命やっている姿をみせてほしい」
とういう声がきこえます。

なぜ、選手と保護者との間で違いがうまれてくるのでしょうか?

勝つこと=一生懸命

というところがどこかにあるのではないでしょうか?

そして負けは悪いことみたいなところがあるかだと思います。

大会において一生懸命やらない選手はいないと思います。

そこまでの過程で準備が少なかった結果が負けになるだけなのです。
準備の段階で選手への期待度をどのぐらいするのか考えてみてください。

そうすることによって「裏切られた」という感覚がなくなり、純粋に一生懸命やっている姿を応援できるのではないでしょうか?

大会の時だけに一喜一憂するのではなくしっかりと選手をみて応援してあげてください。

「プライド」と「行動」


人は、それぞれプライドがあって、ルールをもって行動していると思います。

その中で、人から見たら些細なプライドがたくさんあるのではないかと思っています。

最近、私が選手に話をするときに、「そのプレイをしないのは、なんで?」と聞く時があります。(この聴き方はあまりよくないですが)

答えは、だいたい言い訳です。

その言い訳は、理由がどこにあるのかをわざと探ります。

多くの選手は、もののせいにしたり、ひとのせいにすることが多いです。
「自分はやっている!だけど…」と本人は気がついていませんが、プライドが邪魔をして自分と向き合うことができていません。

指示の出し方も、自分がミスしたときは何も言わないのに、人がミスをしたときには「もっと〇〇にやろうよ!」と言いていることがあります。

自分としっかりと向き合いながら練習をしている選手は「〇〇をする。〇〇をする。」と自分に言い聞かせて練習に向き合います。

自分と向き合うことができる選手は、上手くなるために努力します。
多くの人にアドバイスを求めていきます。

なので成長速度はものすごく速いです。

目的が何なのかがはっきりしてるからですよね。

みなさんも躊躇する行動あると思います。
そのとき、プライドが邪魔をして躊躇しているのか自分と向き合ってみてください。

そして今、どんな行動しなければいけないのか考えてみましょう。

「レギュラーの考え方」と「レギュラーでない人の考え方」

部活は教育の一環なのか?椅子をだしたり、お茶をだしたりする気遣いは、何にいかされるのか?ある人のブログにいろいろ書かれていました。


その中で、レギュラーはボールをさわり、そうでない人は応援手伝いに回る。これは教育としてどうなのか?と触れていました。


義務教育では誰しもが同じ教育をうけれるようになっていると思います。それが部活になると、試合に出れる人、そうでない人に振り分けられます。

公式戦での緊張感は公式戦でしか味わうことができません。

そこを知りプレッシャーの中で動くことが大きな成長につながっていきます。
公式戦に出れるレギュラーは勝つために貪欲になっていき、いろんなことに挑戦をしていこうとします。

逆にレギュラーになれなかった選手は、一芸を磨く傾向にあると思います。
いろいろなスポーツやポジションにもよるかもしれませんが、こうなるとレギュラーから技術も考え方も、行動もどんどん離されていきます。

いつの間にか、人のせいにしたり、体格のせいにして、自分と向き合うことをやめてしまいます。

公式戦の体験ができないのであれば、練習でどこまでこうしきせんのつもりでやれるかになると思います。

しかし、そこを意識できるのはやっぱり公式戦を経験したものだけになります。
中学生の練習をみていて、最近集中力のなさを感じることがあります。それはきっと、どこかでレギュラーを諦めている部分がかるのかもしれません。

現在の2年生はほぼほぼレギュラーが決まり、チームとしての活動になっていくと思います。

春から夏に向けて数ヶ月で大きな成長をきたいするのではあれば、今のこの時期に多くの選手に役割をあたえレギュラーとして参加されることが大切ではないでしょうか?

というより、教育であれは同じ環境を与えてあげて欲しいなと思います。

「自己満足」と「自分勝手」

昔から漫画が大好きでいろんな漫画を読みます。メインはスポーツものバレーボールはもちろんですが、野球、テニス、サッカーなど種目にとらわれることなく読みます。

勝ち負けよりも、選手や監督の考え方が書かれているものが特に好きです。

少年漫画は「勝利」「友情」「努力」がテーマになっていてそこに惹かれる部分があるのかと思います。

しかし、時々嫌だなって思う場面があります。

それは、主人公が周りを考えずにつき進み、横道にそれたり、お節介をする場面です。

数人の仲間が出来ているにも関わらず、相談もなしにつき進む。
そして仲間が「また?」とか「もう!」と少し呆れながら付き合うことがあります。

最終的には、本筋にも繋がります。
仲間も納得している。
そんな結末が予想できるので、嫌な感じがしても読むことができます。

これら漫画の主人公の多くは、「自己満足」のために突き進みます。

スポーツをしているのは「何のためか?」
結局「自己満足」なるのではないでしょうか?
学生スポーツでは、その自己満足のために両親が協力し、監督、コーチを師として学び同じ志の選手が集まりチームとなります。だから「自己満足」のために選手たちはもっと我を出して良いと思います。

トップ選手たちのインタビューでは「楽しみます。」という言葉が主流になってきました。
しかし、小中学生の選手たちと話をしていると、「家族のために頑張ります。」と言います。

ここに大きな差があるのかと思っています。
「自分勝手」は周りを引き込むことができないと思います。

なので、皆さんの行動は、「自己満足」を満たすために仲間を引き込む行動か?それとも、「自分勝手」に一人で行っている行動か?考えて見てください。

「新しい事への挑戦が成長に」

本日の日刊スポーツ静岡版はお読みいただけましたか?

今回の連載記事は
「新しい事への挑戦が成長に」

高校入試、大学入試と4月から環境をかえるために勉強していますよね
それはどうしてでしょうか?

不安に感じると立ち止まるという選択をする人がいます。

学年がかわるこの時期は不安を感じて立ち止まることはをしていません。

それは、時間が動いているからです。

大きなゴールを目の間に立ち止まることもありますが、それでも進まないと卒業や進級が来てしまうことをしっているからです。

人は新しいものを欲しがると聞いたことがあります。
いろんなものが進化しているのは、新しい物を欲しがっている証拠だと。

期限や、先にどんなことがあるかを知っていると不安でも進むことができます。

しかしこれらのことを気にしないと、やらないことが「楽」なので、行動がうまれません。

人は新しい物を欲しがるのには楽を求めてもいます。

これらの矛盾を理解して、優先順位がどうなっているかを考えながら伝えてみてください。

「親」と「子」

私が行なっているバレーボールチームの大会エントリー締め切りが近づいています。


中学生の男子チームです。

なかなかおやこでの会話が少なくなってくる時期だと思います。

なので、なるべく親子の会話をしてもらいたいと考えています。そして、前回大会からしっかりと話をして大会にでるのかどうかを決めてくださいと伝えています。

受験勉強の真っ只中なので、大会にでるでないではなく、チームに入る入らないを考えている選手もいます。

いろいろ話し合ってもらえればと思います。

そんな中、親と子の意見が違う場面が出てきます。
私のチームのほとんどが親はやらせたいようですが、選手はなかなか判断ができないようです。

そうなると、親が先回りをして私のところに、参加させたいのですが本人がと言う相談が来ます。
登録しておくのは問題ないのです。

が、しっかりと話し合いができていないと選手たちの感謝の気持ちもなくなります。

そして、都合の悪くなると、親のせいにして逃げてしまいます。

私も、高校を決める時親と話をして決めるものだと思っていた時にもう話ができているから〇〇高校を受けなさいで終わってしまい。
そして高校生活のことが全く記憶に残っていません。

子どもために先回りすることも大切ですが、しっかりと話し合い、子どもたちに子どもたちの人生を自分で責任をもたせてください。


時々、子ども人生に出来なかった親の人生をやらせようとする方がいます。その選択は子どもたちが望んでいるものか、大人は考えてみてください。

「負け」と「涙」

試合に負けて、泣くことはあると思います。

ハイキュー‼︎という漫画の一場面
「その悔しさを3日で忘れる奴は弱いままだからな!」

ある指導者が「毎回悔し涙を見せる選手たち。悔しさを次につなげて欲しい」と綴っているのをSNSで綴っているのをみました。
周りの方も大きな成長につながるとコメントをしていました。

しかし、毎回悔し涙を流しているというのはどうでしょうか?

選手たちは何も悪くないと思います。

それをさせている指導者が、指導ができていないと考えなければいけないのではないでしょうか?

周りのチームや選手も練習をしているのですから、それを見越して自分たちのチームの成長を考えた指導をしていかなければいけません。

また、シードなどがある場合は、必ず同じところで強いチームとあたることがあるのでしょう。

そんな時に悔しいとおもわせるのではなく、何をしたら次につながるかをしっかりと選手たちに提示しなければ、また同じ結果になることになるのではないでしょうか。

悔しさだけが毎回残る試合を繰り返していたら、選手たちはどうなるでしょうか?

選手の成長が感じることができれば、悔しさだけではなく次へのやる気につながっていくはずです。

「気持ち」と「疲れ」

よく調子位が良い時こそ落とし穴があると言われています。その落とし穴の一つに怪我があります。

あるチームのトップ選手をここ数年注目しています。
その選手に注目してから3年になりますが、残念ながら1シーズン続けて出場するしている姿を見たことがありません。
今シーズンリハビリを終え、周りのサポートも充実し、いい感じで戦っていました。しかし、終盤この選手の姿を見ることができませんでした。

身体が動く、できるという気持ちは疲れを忘れオーバーワークになります。この選手は常に自分のいい状態だったころをイメージして練習、試合をしていました。けれど、度重なる怪我は、いい状態だったころと身体と、現在の身体が大きく違います。サポートが充実し、前半戦いい活躍ができたいたのですが、気持ちと身体のズレがでてきたのではないかと思います。

トップカテゴリーでは、選手レベルも差がなく多くの選手がいるかと思います。
これが部活など学生スポーツではどうでしょうか?

勝ちにこだわると、レベルの差があり、人数も少なくなるとどうしても無理をしなければいけなくなります。

その時に、気持ちと身体を客観的にみれる人がいることが大切です。プロの選手は自ら退くこともできますが、学生ではそれらのことが言えないことがおおいでしょう。

または、「できるか?」と聞く指導者がいますが、選手は「できる」という選択肢しか持ち合わせていないことも多くあります。

どこの試合に焦点をあわせて、そこに向かうって身体も心も充実させて向かうかを選手自身にも問いかけて、バランスよくゴールを目指してください。

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