「スタメン」と「ベンチ」

「今、この状況でベストを尽くせるか?」
あるチームが大会まで残りわずかとなり
いろんな問題が出てきてます。
その中で、
試合に「出れる」か「出れない」か。
選手なら当たり前だと思います。

ある選手から、
「2年の時には我慢したから
3年になったら出れるですよね」
と言われた時には、ちょっとびっくりしました。

このチームはクラブチームで、
今まで、学年でスタメンとかレギュラーとかを
スタッフで考えた事がなかったからです。

また、チームを作る初めの時に、
コート外の選手の役割は何か?
選手同士で考えてもらっていたのですが、
あまり理解がなされなかったのかと
思っています。

試合でも練習でも私たちは存在して、
チームに何らかの影響を与え
チームのために活動しています。
なので、レギュラーとかベンチなどは
関係なくチームの一員です。

たとえ出れなくても
今、この状況でベストを尽くせるか?
を考えて行動していれば、
こう言ったことはなかったと思っています。

みなさんは、どう考えますか?

「指導」と「自由」

選手への指導?をすることの方が
多いですが、
指導者の指導?をすることあります。

ある指導者は
「指導するために来ているのだから
教えるのは当たり前!」

また、ある指導者は、教えないことが
新鮮に感じているのか
「あんまり言ってもねぇ」
という指導者も。

どちらもいい悪いでなないですが、
みなさんならどう考えますか?

私は選手たちのレベルによるかなと
思っています。

初心者の人たちには、ある程度の型は
必要だと思います。
しかし、型ができているのであれば、
工夫を促す言い方をして、
自分で考えることが大事かと。

この線引きは大変難しく、
スタッフの想いと選手の想いが
ある程度一致しなければ成長速度が
ゆっくりとなり、選手たちは迷いが
出てきます。

そんな時に、提案する指導ができれば
成長は加速すると思います。
ですが、このサジ加減は大変難しいです。

みなさんも周りの成長を
加速させるために今どんな場面か
考えてみてください。

「チーム」と「個人」

ある選手のメンタルトレーニングをしたときに、
「目標は?」と聞くと
〇〇と◆◆と▷▷です。
と教えてくれました。
(これ言うと学校が分かってしまうかもしれないので伏せます)

この記号に入る言葉は行動の部分。

「これで勝てると思う?」と
少し意地悪なしつもんをすると
「直接は関係ないかもしれないけど、
これもできなければ勝つこともできないと思います。」

この学校は部活で勝った負けたではなく
選手を長期的に見て指導しているそうです。
チームの目標が浸透することで、
個の行動を上げることでチームの
レベルを上げていきます。

さらに共通意識になっているから、
周りも応援して叱咤激励をするそうです。
チームコンセプトの重要性を
選手から学ばせていただきました。

皆さんの関わっているチームのコンセプトは明確になっていますか?

「助けて」と「手伝って」

メンタルトレーニングをしていた時の話です。
小学生の高学年の選手たちと話をしているとき、
ある選手から、
「お母さんから「手伝って!」って
言われるけど「助けて!」って
言われたことがないなぁ。」

とか、またある選手からは
「友達は助けるけど、親のことは
言われれば手伝うけど、助けることは
ないかな」

仲間に対して、どちらを使うと行動に
変わるのか?
選手たちと話をしていて考えさせられました。

同列の関係だど、「助けて!」って
なかなか言いづらいのは弱みを見せる
ことになるので言えない。
「手伝って!」は少し上から目線に
なるのか、などなど

人との関係性があると思います。
みなさんは、
どんな時にどちらの言葉を使っていますか?

「体験」と「入り方」

私が運営しているバレーボールチームは4年目を迎え
U14男子チームとU14女子チーム(2年生チーム、3年生チーム)に
U19チームが立ち上がり、だんだん大きくなっています。

チームにはメンタルトレーナーさんがいたり、
チームビルディングの講師の方に入ってもらったりと
人として、仲間と成長するために環境を整えています。

女子の練習での話です。
体験の選手が来ると、どう仲間に入っていくか?を
スタッフ毎回気にして、所属選手、体験選手にケアします。
スタッフは「お互いに名前覚えてね」とはじまり
「わからなくなったら、どうする?
私だったら ねぇ名前なんだっけ?って聞くよ」
ってヒントを出します。

初日だったら何回でも聞くことができ、
それは何も不思議な行動ではないです。
でも、数日経ってからだとどうでしょうか?
なかなか名前は聞けなくなりますよね。

その意識が体験の選手に伝わったのか
借りたものを返すときに
「〇〇、ありがとう」
と名前を言ってからお礼を言っていました。

このことが原因かどうかは分かりませんが、
体験の選手は自然と仲間に入っていき、
人数が足りなかったので2年生チームから
選手は入りましたが、スムーズに中に
入っていくことができました。

スタートの行動の大切さを考えさせられました。

「あいさつ」と「しなければいけない」

少し前ですが、「〇〇しなければいけない」と言う話で
先輩から「その言葉つかではいつまでたってもできないよ。」
と言われたことがあります。

またある保護者から「スポーツマンはあいさつは当たり前」
と言われたことや
選手に話を聞いたときに
「会場に行ったら各学年のコーチにあいさつをしなければいけない」
「代表が来たらみんなであいさつに行かなければいけない」
とチームのルールがあると聞きました。

私は、どちらからかと言うとあいさつは
どっちでもいいかなって思っていたりします。(笑)

私に挨拶に来るぐらいなら
仲間に挨拶をして、コートに挨拶をして
どんどん準備、アップをすすめて欲しいからです。

すれ違う時にはあいさつは必要だと思います。
わざわざ行くとか集まるとかいろんな人の話を聞いて
どうなのかなって感じています。

みなさんどう思われますか?

「怒る」と「すり替わる」

昔、部下にあるとで怒ったことがありました。

お客さんの楽しいを引き出してあげるのが仕事としていたのに、その部下は自分のことを自慢げに話をしてました。

自分は怒り出すと、止まらなくなり関係ないところまで指摘することがあります。

そうなると、納得が行かない部下は、私の上司にそのことを伝えて、私が上司から怒られました。

怒られた内容は、お客さんへのことは全く話に出てこないで、怒った時に上乗せした部分のことでした。

最終的に、私が上司部下に謝って事が終わりました。

???

何かおかしくないですか?

私は、部下から謝られたこともなく、部下はその後も当たり前のように同じ行動を繰り返していました。

論点がすり替わって、自分に返ってきた。

怒っても何も変わらない。

その後、いろいろ面倒になることを嫌い、その部下には一切怒ることをやめました。

結果、その後もお客様からも指摘がありましたが、他のスタッフもいるのでと対応してなりました。

そして、あの人そういう人だからと周りが気を使うようになっていきました。

今でも怒る時に話を広げて過ぎ関係ないこところ言ってしまう事あります。

相手わかるように指摘する。

冷静な時はこころがけていますが、怒る時は瞬発的で、レアケースになるのでこの先をこの部分を鍛えることは難しいと思います。

では、どうするか?

OKラインを緩めていれば怒るところには行かない。

もしくは指摘しない。

みなさんは、どう考えますか?

「言葉」と「信頼関係」


お盆休み中に、バレーボールチームの
OB、OGたちが練習に
参加してくれました。

男子は細かくアドバイスを
してくれて、私が言うより
効果があるんだなと
委ねていたました。

女子は在籍して時から自由奔放で
自分たちが楽しくするために
同窓会的に参加していました。

それでもゲームが始まると
笑いながら仲間に
「ねぇそこは誰ボール?」
「そこはとってよ!」と
厳しい言葉も飛び交っています。
勝ちに行くためには必要な言葉だと
思っています。

練習後
スタッフ間で在籍選手とOGの違いを
確認しました。
そこで他話は、信頼関係。
選手同士仲がいいように見えて
実は、本心を言ってないのでは?
となりました。

喧嘩することが怖くて
表面のことしか見ていないから
して欲しいことなどを伝えることが
出来ない。

これもSNSが選手たちにも浸透して
います。しかし、楽しい部分を伝え
コメントも当たり障りのないコメント
その繰り返しが人への伝え方が
本心ではなくなってきているのかな
と思っています。

このチームのコミュニケーションとは
と選手たちに考えてもらうことが
このチームの課題と改めて感じています。

「頼る」と「頼らない」


昨日、中学生男子バレーボールの
特別練習会のスタッフとして参加してきました。

スタッフには技術指導スタッフでもとVリーグの選手や
メンタル、チームビルディングのスペシャリストなど
豪華なメンバーでした。

私自身は、運営スタッフとして関わっていたので、
選手から少し距離をとってみていました。

スタッフ間での話ですが、
「選手たちがピンチになると、私の方を見るんですよね。」
というスタッフが、
「私はあえて何にも言わないですけどね。笑」
と言う話が。

県トレセンに入るレベルの選手でも、劣勢になると
自信がなくなり、大人がなんとかしてくれる
そんな風に考えているんだなと感じました。

今回のスタッフの共通認識の中に、
「選手を育てる。」と言うテーマがあります。

それは、技術もありますが、人として、選手としての
成長を考えての指導です。

ピンチになった時に人の本性が出ると言います。
大人を見なかった選手は、ピンチの時も
自分のスタイルを貫き、仲間を盛り上げていました。
逆に、大人に頼ろうとした選手は、頼ろうとするのに
仲間の失敗を受け入れずに、周りの雰囲気も悪くなっていきました。

中学の指導期間は短いので、先生たちは答えを全て言っていると
思います。
なので、選手は先生が求める正解の答え探しをしていきます。
だから大人に頼ろうとする部分が出てくるのではないでしょうか?

選手たちの答えを尊重できる指導者が、
選手を大きく成長させるのではないかと思っています。

「主体性」と「先回り」


先週少し、イライラすることが数日ありました。
それは、あるチームの練習後にスタッフ間で話をしていた時です。

あるスタッフが、対応策などを言わずに
現実だけをみて、話をしてきたことです。

話をしていた内容は、私自身もその現場にいるので、
わかっています。
その行動は、彼らのためですか?それともスタッフのためですか?
と聞いてきたことです。

方法を言わず、結果だけを述べているって
どこかの首相と同じですよね。
言葉に重みもなく、ほとんどの人たちがイライラして
お願いしてもそのお願いは聞かなくなっていきます。

では、どうしたらいいのか?

彼らのためと言うのではあれば、彼らが何を求めていたのか?
彼らがなんでそうなってしまったのか?
そこの分析をして、こんな方法はどうだろうか?
もしくは、終わった後ではなく、その場での提案など
方法はあっただろうと思っています。

選手たちの自主性、主体性を意識していますが、
チームで同じ方向に向けるためには、
見守るだけは成長しないと思っています。

保護者や指導者が選手の自主性や主体性を言うことが
あると思いますが、何も手をかけないのではなく
先回りして、その部分を考えなければいけないと
思います。

私自身ももっともっといろんな選択肢を持って対応を
していかなければいけないと考えています。

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