「練習」と「挑戦」

ある選手から、「指導者がいなくなると、ある選手が遊び出して困る」
と相談を受けました。「なんで困るの?」と聞くと
「言われてない事だし、試合で決まらないプレイだから」
そんな回答が返ってきました。

スポーツをする上で遊んでいるという感覚があるかが
大切だと思っています。

相談に来た選手は、真面目でできるプレイの精度を上げる事、
練習は厳しいものという思いがあるようです。

ある一流選手は、日本のプロリーグまで、とにかく楽しく遊びの延長で練習も試合もできた。
海外に行ったらそれが少しできなくなってつまらなかった時もあったけど
他の選手と馴染めるようになると、また同じ思いでプレイする事ができた。
と言っていました。

遊び(余裕がある状態)だから新しい挑戦ができ
クリエイティブなプレイが生まれてきます。

しかし、ガチガチに考え方を固められると、挑戦する事が
間違ったプレイをしていると勘違いすることも生まれてきます。

遊んでいると思われるやり方は少し考えないといけませんが
できないことをやろうとするのはとても大切なこと。
その気持ちが成長を促すと思っています。

なので、この選手には「できないことをするのが練習。まぁ、遊んでいると思われる行動は微妙だけど、
自分も何か難しいプレイに挑戦してみたら?
練習中も歯を食いしばらなくていいから力を抜いていろんなことやってみようよ」
とアドバイスしてみました。

みなさんどう考えますか?

「ワクワク」と「チャレンジ」

あるスポーツ漫画の感想で、
「必殺技(実際ではできないもの)があるわけではないのに引き込まれました。」
というものがありました。

「キャプテン翼」は必殺技を繰り返してワクワクする
「スラムダンク」は必殺技なしですが、高校生がプロのようなプレイをしている姿
が、自分ができるかもと投映してワクワクする

スポーツはワクワクするものという括りにしすれば、どちらも変わらないと思います。

現在、これらのプレイをやってみよう!という動画がいくつかYouTubeに
アップされています。

中には、キャプテン翼の必殺技をプロの選手がやってものあります。

しかし、スラムダンク的な描写はあんまり真似をしようとしません。
リアルすぎて、できないという事をみんなが知っているからです。

できないと分かっていてもやってみようと思うからこそ成長につながります。
漫画のリアルは学年とスポーツの実際とでは少しギャップがあるかもしれませんが
やってみようというチャレンジはとても大事です。

ぜひみなさんも「無理!」と決めつけずにやってみてください

「応援」と「期待」

選手は当然ですが、ジュニアアスリートたちと関わっているので
保護者の方とお話をする機会が多くあります。

そこで、保護者の方とお話をしていると、
「楽しくやってくれれば」
「スポーツをやる環境だけは整えてあげたい」
という話がメインになる事が多いです。

その話の中で
「小学校の時は・・・」
「以前やっていた競技では・・・」
と、何かを選手たちに期待している部分も見え隠れしています。

少し前ですが、全国大会に出たことのある選手に
「お父さんから色々気にして連絡くれてるよ。実際どう思ってるの?」
と聞いた事があります。

すると選手は
「親が熱くなり困るんだよね。ちょっと頑張れば、
 大会と全国がって言ってくるから、
違うスポーツやってみたい!って言ったのに」
と本音かどうかは分かりませんが教えてくれました。

いろんな競技で代替大会が始まっています。
大会が始まるということは敗戦し、学生スポーツを終える選手がいて
代が変わっていきます。

応援の仕方について考えてみてください。
見返りを求める応援は、選手へのプレッシャーとなり
応援しているにもかかわらず、選手たちはスポーツを辞める
きっかけになる可能性にもなります。

代が変わるこの時期、保護者の皆さんで話し合ってみてください。

「勝ち」と「負け」

ジュニアアスリートがトレーニングにくる時、
前半いろんな話を聞いたり、話したりしてからトレーニングに入っています。

そこで、選手から昨日の試合は、1回戦で負けて、次は勝ったけど、
またその次で負けてしまったと話が出ました。

話を進めていくと、負けると練習の成果が得られないから
と話してくれました。

負ける事は悪い事ではないです。
でも、勝ち負けを気にしているようです。

そこで、大会前に何を練習した?
そして、練習した事が試合でできた?
と聞くと、練習した事を考えて試合をしていなかったと。

練習は試合で成果を出すためと理解しているのに
練習でしたことを確認せずに試合に入っていけば、
うまくいかないのはみなさんも分かりますよね。

勝ち負けにこだわりすぎるあまり、
やるべきことを忘れてしまう。

勝ち急いで逆転負けなんてこともよくありますが、
今何をするかを常に意識していれば、このような事がないと思います。

試合前にやるべきことをしっかりと確認する時間作ってあげてください。

「自由」と「困惑」

「自由にやっていいよ」
「自由に発言して!」
と言うと、子どもたちは「やった!」と喜びますが、
「で、何する?」となって、なかなか事が進まない事があります。

なぜか、選択肢を子どもたちが持っていないからです。
練習でも、子どもたちに任せると、どこかでやった練習内容を

こなす方向になっていきます。

子どもたちの自由は、ある程度決められた中での自由であり、
自由だから新しいものを生み出していくと言うことにはなりません。

これは子どもたちは全て受け身の行動が「いい子ども」と
評価される事が多いからです。

コロナの休校期間、ある選手が
「普段、時間なったら授業が始まって、放課後になったら部活があり
帰ればご飯があり、全てが用意されていたことに気づきました。
休校期間中は自分で考えて行動しないと、何もしないで1日が
終わってしまう事もありました。」
と言っていました。

時間に自由が生まれる中で、何をするか考えると言う作業が
大変だと気づき困惑したことを教えてくれました。

子どもたちが自由にできていると感じる事が

大きな成長と豊かな発想ができるようになります。
その枠を大人がどこまで広げるのか縮めるのかが
ポイントになっていくとおもいます。

みなさんの周りの子どもたちは自由な発想で活動できていますか?

「当たり前」と「確認」

バレークラスに体験の人たちが来てくれています。
中学3年生から中学1年生の中に、初めてバレーをやる小学校6年生が入りました。

新しい選手がくると、在籍している選手は、いろいろ教えてたがります。
教えることは、自分のプレイを理解するのに必要なことと言っています。

だからこう言った行動に出てくれる選手を見ていると嬉しく思います。

冗談半分で「先輩頑張って」「先輩頼むよ!」って声がかかります。
笑いながら、選手はしっかりやらないとなんて意識になり、
プレイが丁寧になっています。

当たり前にしていたプレイを少し意識することによって、丁寧にできるようになります。

考えないでプレイができるようになり、少しずつ適当になっていきます。
これは人間の常に楽な方に流れる習性があるから仕方ないかもしれませんが、
少しの変化で、自分のプレイを確認する事ができるようになります。
これらのことを繰り返して、身につくプレイも精度が上がってくると思います。

3年生最後の大会前に、体験者が来てくれたことに感謝します。
そして、3年生はきっと気づきがあった練習になったと思っています。

みなさんも、淡々と練習をするのではなく、
少し変化を加えて、丁寧にやらなければいけないという場面を
あえて作ってみてください。きっと選手はそこから
気づき、学び、身につけていくと思います。

「無難」と「挑戦」

あるバレーチームの練習を見学させてもらいました。
選手たちは、自分たちでというよりも、
先生やコーチに煽られてプレイしているように見れました。

練習ができなくて、やっとできるようになり、
大会がないかもしれないと思いながら、練習がスタートして、
大会が開催となり、夏の大会まであと1ヶ月。

でも、選手たちはどことなく集中力がないように感じました。

練習がどんなテーマで行われていたのかはわかりません。

選手たちのプレイを見ていると、
怒られない為に無難なプレイばかりを
選択していました。

スポーツは挑戦する事が成長につながり、面白みがあると思います。
ミスをする事を怒られるのであれば、選手たちは無難にやることを
必ず選ぶと思います。
淡々とこなしていく練習になり、集中力はかけていきます。

そして、また怒られる?煽られる?感じを繰り返します。
そこには挑戦する姿はなく、もはや修行(言い方が悪いかもしれませんが)、

我慢比べとなり、対戦相手がいなくなってしまいます。

選手は1ヶ月あれば大きく成長します。
3ヶ月のブランクはありますが、だからこそいろいろ挑戦させる事が
大きな成長につながっていくと思います。

挑戦する為には、基礎基本ができなければできません。
そこが理解できれば、基礎練習など単純な練習の取り組み方が
変わってくると思います。

基礎のレベルが上がってくれば、挑戦がたくさんできます。
こんな循環を考えながら子どもたち、選手と関わってみてください。

「譲れる事」と「譲れない事」

私たちは、自分の中で様々なルールを持っていて、行動しています。
迷った時など、このルールに準じて優先権を決めて、
行動の選択をしています。

自分で作るルールであっても、ルールを破ると罪悪感を感じます。

ルールは簡単に変える事ができないものという認識があります。
ルールがすぐに変わってしまうと、いろんな人が困惑してしまうからです。

だから政治の世界では、解釈が大事になってきて、
そこで論争が繰り広げられています。

ルールをどう捉えるかによってもスポーツの取り組み方が変わってきます。

人が2人で活動していこうと思うと、このルールをどこまでがOKか、
どこまでがだめななのか。探り合いがあります。

仲間によって自分のルールを変えなければいけないこともありますし、
絶対に譲れないこともあるでしょう。

そんな時には、なんでこのルールを作ったのかを考えてみてください。
きっと、打開策が見えてくると思います。

ルールだからというのでもいいのですが、
〇〇のためにこのルールがあるんだということろまで
意識して日常生活を送ってみてください。

仲間との繋がり方も変わってくるのではないでしょうか?

「ミス」と「成長」

今日の朝の話です。
浜松は朝から雨が降っていて、娘たちは自転車通学なので、
カッパを着て準備をしています。
しかし上の子は、このぐらいの雨ならズボン履かなくても
いい、強くなってもすぐ履けるからと
ズボンを履こうとしません。

嫁さんは、もう諦めたようでしたが、
カッパのズボンをたたんでいる娘に、
私が「はかないの?」って言うと
不機嫌そうにズボンを履いて学校に向かいました。

それをみていた下の娘は、何も言わずに、上下カッパを着て
出て行きました。

大体、雨の日はこんなやりとりしています。(笑)

そして、私や嫁、祖父母が口出しをしてカッパを
きさせています。

びしょ濡れで学校に行って、着替えるの大変だろうし
風邪をひいても何て考えているからと言う思いがあるからです。

本人そんな辛い経験をする前に止められてしまうので、
自分が思ったことをやったらどうなるか予想がつかないんでしょう。

一度こう言った経験をさせてあげて
ミスから(ミスになるかわかりませんが)学びを得ることが
次に繋がり考え方の成長につながるのかなって
送り出してから思いました。

スポーツでも、大人が結果を予想しながら指導していると
やってみたら?って発想でなく、それは違うから!と経験せずに
やらせないことが多くあると思います。
やらなければわからないことはたくさんあります。

みなさんもどんな子どもたちにどんな経験をしてもらい
学んでもらいたいと思っていますか?
そこがわかると、成長のための行動ができてくると思います。

「負け」と「感動」

高野連が、選抜の代表チームの1試合のみ甲子園で
試合をすると発表がありました。
何かしてあげたいと思う気持ちが選手の周りにいる人たちが
多いのかと思います。

試合になると必ず勝ち負けが出ててきます。
勝って終われる選手、チームはごく僅かです。

昨年関わった選手は、最後の試合の前に声をかけに行った時も
なぜか泣いていました。

何かを感じることが感動になるのかと思います。

しかし、簡単に負けて頑張ったねと涙しながら
仲間と、保護者と抱き合うのは
学生スポーツの方向として正しいのか考えます。

そこではなく、3年間やり切って、
どんな学びがあったのか?
それをどう次に活かしていくかを
考えないと、最後の試合の意味が
ないのかなと思っています。

娘が中3で、部活のために学区外に通いましたが、
この中で「部活?もうどうでもいいよ。」ぐらいに気持ちが変わり
今後について、今どうするかを考えているようです。

選手はすでに切り替えができたりしているようなので
実際は、指導者、保護者、学校が何かしなければいけない。
と思ってやっているだけかも知れませんね。

切り替えをした選手には、とても難しい試合になるかも知れません。
でも、自分の気持ちを戻すことは社会に出ても必要か考え方だと思います。
この数ヶ月、いろんなことを考えることが次につながります。
どんなことでもいいので考えるということをしてみてください。

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