「自己満足」と「自分勝手」

昔から漫画が大好きでいろんな漫画を読みます。メインはスポーツものバレーボールはもちろんですが、野球、テニス、サッカーなど種目にとらわれることなく読みます。

勝ち負けよりも、選手や監督の考え方が書かれているものが特に好きです。

少年漫画は「勝利」「友情」「努力」がテーマになっていてそこに惹かれる部分があるのかと思います。

しかし、時々嫌だなって思う場面があります。

それは、主人公が周りを考えずにつき進み、横道にそれたり、お節介をする場面です。

数人の仲間が出来ているにも関わらず、相談もなしにつき進む。
そして仲間が「また?」とか「もう!」と少し呆れながら付き合うことがあります。

最終的には、本筋にも繋がります。
仲間も納得している。
そんな結末が予想できるので、嫌な感じがしても読むことができます。

これら漫画の主人公の多くは、「自己満足」のために突き進みます。

スポーツをしているのは「何のためか?」
結局「自己満足」なるのではないでしょうか?
学生スポーツでは、その自己満足のために両親が協力し、監督、コーチを師として学び同じ志の選手が集まりチームとなります。だから「自己満足」のために選手たちはもっと我を出して良いと思います。

トップ選手たちのインタビューでは「楽しみます。」という言葉が主流になってきました。
しかし、小中学生の選手たちと話をしていると、「家族のために頑張ります。」と言います。

ここに大きな差があるのかと思っています。
「自分勝手」は周りを引き込むことができないと思います。

なので、皆さんの行動は、「自己満足」を満たすために仲間を引き込む行動か?それとも、「自分勝手」に一人で行っている行動か?考えて見てください。

「勝利」と「不安」


遊びから勝負に切り替わると、タイミングがあると思います。
仲間内で楽しくやって気軽に汗をながす。

そんなスポーツをやることも必要だと思います。

私は、楽しいから勝負に移っていくものだと考えていました。
でも、楽しいから勝負になり勝つことを知ると選手たちはどう考えるのでしょうか?

なぜ、そのスポーツを始めたのかによって考え方が変わると思います。

ある選手の話になります。全く勝つことを知らなかった選手が、仲間に誘われて新しいチームに入りました。

実力的には十分通用していましたが、大会に出て勝ち進むにつれて、怪我を理由にコートから出てしまいました。

そしてほっとした表情でベンチに座っていました。

勝つことを求めている選手、自分がチームでの立場がわかっている選手は、無理しても出たいといってくるでしょう。
怪我の具合をみてスタッフ、止めるのか、出させるかの判断をすると思います。
勝利を目指す選手は、苦しくても最後の瞬間のために頑張ります。

しかし、その喜びを知らない選手は、友達と仲良くプレイできればい。
気持ちいいプレイができればいいと思っているのではないでしょうか?

なので、チームが勝ち進むつれて、彼の楽しい瞬間はどんどんなくなっていったのではないかと思います。

勝っていく経験が一気に上がってしまったので、不安が生まれていたのではないかと思います。

選手がどんな気持ちでスポーツをはじめて、そして今の気持ちはどうなのか考えながら大会にのぞんでみてください。

フェアプレーか勝利か

本日の日刊スポーツ静岡版はお読みいただけましたか?

今回の連載記事は
「フェアプレーか勝利か」
がテーマです。

試合で、ファールが戦術的に行われるスポーツもあります。どんな選択をするのか難しいところですが考えてみましょう。

今朝の話です。
娘と嫁が部活について話をしていました。

出発前にお互いに不機嫌になって学校へ送り出すことになりました。

娘は自転車で30分ぐらいかけて学校にいくので、うまく切り替えができると思っています。

家でこの様な状態になると、彼女は泣き、物にあたり、最悪の場合は妹にあたることもあります。
なるべく一人の時間をつくってあげて自分で通常の感情にもどせるように、見守っています。

この様な時間がとても大切ですが、これが試合前だとどうか考えるとものすごく難しいとおもいます。

イライラから自分のプレイが思い通りにいかず、さらには普段使わない言葉で仲間たちに指示をするようなります。

過去に1度だけそんな姿をみたことがあります。

その時は、試合負け、泣いているのをみながら更に追い討ちをかけるように叱ったことを覚えています。

感情のからラフプレイはスポーツ選手として最悪だと思います。
しかし、そのきっかけは大人の何気ない一言がスイッチになるのかもしれません。

普段からどんな言葉が元気になるのか?不機嫌になるのか?を観察してうまく使ってあげることで選手のパフォーマンスをあげることになると思います。

「育成」と「勝利」

この数日に「育成」について語ら
れているブログがいくつか目に付
きました。

・1選手が遠征に帯同して1度も
試合出なかった。
・試合で小さな学年の子が試合に
出たら歌を唄っていた。
・育成の為に大会が開かれている。
・指導の考え方

自分のチームでは全員出場して、
大会優勝を目指す。と掲げていま
すので、これらのことはあまり気
にしていませんでした。

私の中では、参加している全員で
練習して、全員で考えて、全員で
試合に勝つと言う考え方があるか
らです。

でも、なぜか目に付きました。
どうして気になるのか、考えてみ
ました。

週末、新人戦のシード決めと言う
観てきました。
練習試合の感じで、時間を短縮し
ながら、新人戦のシードを決める
ものです。

そこで、試合ぶりは、どのチーム
も安全なプレイしかしていません。

そして、出場している選手も固定
されていました。
(チーム事情もあったかもしれま
せん)

安全なことだけをしているのであ
れば選手たちの成長はどうなるで
しょうか?

そこに疑問を持っていたので、
きっと育成の話にひかれていたと
思います。

レベルの差があれば、周りが
フォローする気持ちが生まれます。
できない選手は迷惑をかけないよ
うに考えます。
そこに成長があると思います。

新人戦とまだまだ、これからの
選手たちの戦いぶり、みなさんは
どう考えますか?

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