「スポーツ」と「応援」

スポーツにおいて応援は、大変力になります。
先日の見学していたバレーボールの練習試合で、
ベンチ選手が自然に応援が始まり、コート内の選手がノリノリになって
チームの雰囲気が良くなり、プレイも良くなった場面をみました。

このベンチの応援を含めてスポーツだと認識しているチームの多く
ベンチ外の選手に応援の練習を取り入れているところもあると思います。

各地で代替え大会が行われている中、
応援が規制されているところが多いようです。
確かに大声を出すことは今の現状良くないのかもしれませんが、
学生スポーツのあり方を考える中で、
プレイだけして、結果を残すだけが教育的にいいものだろうかと考えています。

すでに決まっている事なので、変更はできないと思いますが、
学校の先生方が、
今大会でスポーツから生徒に何を伝えたいのか?
こう言った場面では明確にしていただきたなと思いながら、
保護者の立場と外部指導者の立場で思っています。

「レギュラーの考え方」と「レギュラーでない人の考え方」

部活は教育の一環なのか?椅子をだしたり、お茶をだしたりする気遣いは、何にいかされるのか?ある人のブログにいろいろ書かれていました。


その中で、レギュラーはボールをさわり、そうでない人は応援手伝いに回る。これは教育としてどうなのか?と触れていました。


義務教育では誰しもが同じ教育をうけれるようになっていると思います。それが部活になると、試合に出れる人、そうでない人に振り分けられます。

公式戦での緊張感は公式戦でしか味わうことができません。

そこを知りプレッシャーの中で動くことが大きな成長につながっていきます。
公式戦に出れるレギュラーは勝つために貪欲になっていき、いろんなことに挑戦をしていこうとします。

逆にレギュラーになれなかった選手は、一芸を磨く傾向にあると思います。
いろいろなスポーツやポジションにもよるかもしれませんが、こうなるとレギュラーから技術も考え方も、行動もどんどん離されていきます。

いつの間にか、人のせいにしたり、体格のせいにして、自分と向き合うことをやめてしまいます。

公式戦の体験ができないのであれば、練習でどこまでこうしきせんのつもりでやれるかになると思います。

しかし、そこを意識できるのはやっぱり公式戦を経験したものだけになります。
中学生の練習をみていて、最近集中力のなさを感じることがあります。それはきっと、どこかでレギュラーを諦めている部分がかるのかもしれません。

現在の2年生はほぼほぼレギュラーが決まり、チームとしての活動になっていくと思います。

春から夏に向けて数ヶ月で大きな成長をきたいするのではあれば、今のこの時期に多くの選手に役割をあたえレギュラーとして参加されることが大切ではないでしょうか?

というより、教育であれは同じ環境を与えてあげて欲しいなと思います。

「多くの人から学ぶ」と「1人に学ぶ」

私のメンタルトレーニングの師でもある藤代は、スポーツ現場だけなく教育現場でもしつもんや生徒、選手のことを考えています。
そして、国内だけに止まらず海外に目を向けて学び続けています。

私自身、流石に学校教育と言う点に関しては少しスケールが大きく感じていて、スポーツの現場で選手たちが輝ける選択をしてもらいと考え活動しています。

先日、サッカー指導者と保育士、芸術家とちょっと不思議なメンバーで会食をしました。

その中で話をしたことは、生徒、選手がどう育っていくかでした。

そう考えてた時、生徒、選手に多くの人に関わってもらうことが大切となりました。

学校では、1年で担任や教科担当が変わります。それは1人の人の考えを押し付けないためのことだと思います。

しかし、スポーツはどうでしょうか?

毎年変わってしまうと、生徒が混乱すると言う意見があります。
でも、学校では毎年変わっていますよね。しっかりとマニュアルができていれば問題ないとも考えられます。
部活は教育の一貫と言われているわりに矛盾が生まれています。

最近はクラブチームが各スポーツでできています。
数名の指導者いるところが多いのです。

クラブの理念を持っています。
指導者はその理念を理解していますが、人によって考え方は絶対違うと思います。
そういった違いが選手に考えると言うことをさせ、成長に繋がると思います。
理念がしっかりしていれば、大きく違うと言うことはないと思います。

あなたの関わる選手にも多くの指導者に触れ、成長をさせてあげてください。

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