「過保護が子どもの成長を阻害」

本日の日刊スポーツ静岡版はお読みいただけましたか?

今回の連載記事は
「過保護が子どもの成長を阻害」

先日、保護者の方に大会要綱とタイムスケジュールをお配りしたと時の話です。

「先生持ち物はなんですか?」と保護者の方からいわれました?
「えっ?」とびっくりしました。

今の中学生は、そこまでやらなきゃいけないの?って思いました。

そこで、保護者の方に
「最低限必要なものなんですか?」
「それ以外に必要な物は選手と話をしてみてください」
と言うと保護者の方は
「ユニフォームとシューズがあればなんとかなるかぁ」
と保護者同士で話をしていました。

多分ですが、中学の部活では、保護者の方も忘れてはいけないというプレッシャーが相当あったのではないかと思います。

最低限の物以外は言い方を変えれば忘れてもなんとかなります。

これらのことは、本当は選手に伝えて、選手が考えて行動しなればいけないと思っています。
今回は大会に向けて保護者からしつもんが多くきたので、このような形しました。

これだと選手は何も考えません。
すると忘れ物をしたとしても、罪悪感がないばかりか親に「なんで用意してくれなかったんだ」と逆ギレになります。

自分で準備をすれば、忘れ物は自分の責任です。
忘れ物をして試合に出れなければそれは苦い経験となり、次からは忘れることはしなくなるでしょう。

そう言った経験をすることで成長していきます。

保護者の方は、こういった成長の妨げにならないように見守ってあげてください。

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みなさん良いお年をお迎えください!!

宮野

「無意識」と「経験」

週末に3人のメンタルトレーニングを行いました。

その時のテーマは「無意識」でした。

・選手Aは、終盤考えながらプレイができなかった。
・選手Bは、スタッフに言われていること意識しない時があった。
・選手Cは、無意識にイライラしてしまう。

セカンドネイチャーと言う言葉あります。「第二の天性」と言う意味だそうです。
人は、何か行動をする時に選択をしています。
その選択は、多くは無意識で、いろいろな経験から無意識的に行なっていることが多いです。

そうです。

いろんな経験を積んで無意識にできるようになることが、セカンドネイチャーといいます。

多くの経験とは成功と失敗の繰り返しをすることです。
そしてこの経験があるからこそ成功する確率の高い選択をしていきます。

今回の3人は、経験をしている最中でセカンドネイチャーの構築中と言うところでしょうか。

選手Aは苦しい終盤にどうすれば、できること確認する
選手Bは練習前に何を気をつけるかを確認する
選手Cは思い込みをなくすこと

と言う答えが出ました。

いったん立ち止まって、自分の行動、そして次に同じ場面になった時どんな選択をするべきかを考えておく。
すると経験が活かされます。
そして、いつもと違う行動がで、結果が変わってくるのではないでしょうか?

「当たり前」と「経験」

基礎とは過去の経験から成り立っています。

しかし、過去の物は過去のものであり、当たり前だと思っていることが当たり前にならなくなっていく時が出てると思うことが大切です。
(ここでの経験とは、10年、20年前の人たちのやっていたことをさします。)

スポーツだけでなく、いろいろな物が日々進化、変化しています。

その中で、基礎って言うものが変わらないとのなぜでしょうか?

大きく変わろうとしている時に、「基礎の考え方」から抜け出さないといつまでたっても変わることができません。

私が中学の時、スポーツで水を飲むのはダメでした。

しかし当時の監督はシステムもそうでしたが、トレーニングや、身体のメンテナンスに関しても最新のも取り入れていました。

なので、今では当たり前の水分補給をこまめに行わせてくださいました。

当たり前を当たり前と思わず、過去の経験も踏まえながら未来を想像することが大事です。

そして、今何をすべきかを選手とともに考えてみてください。

「忘れ物」と「必要ないもの」

保護者の方から、忘れ物が多くてスポーツをするどころじゃないと話がありました。

先日も昔遠征した時にチームの道具を一式忘れてきたんことあります。

忘れ物話が出てきました。

選手たちが忘れ物をすると言うことはどう言うことでしょうか?

私の経験です。
高校の時に一度だけ、シューズを忘れたことがあります。
それは私が1年生の時です。入学して3年生がいる中でレギュラー争いに加わりたかった。
しかし、まともに練習をさせてもらえずチャンスがなくなり、この年代でのレギュラーを諦めた時でした。
とりあえず練習試合に行くことが当たり前になっていた時でした。

今でも覚えていますが、監督にバレないようにコソコソ行動していました。そして対戦相手の選手にお願いして余っているシューズを借りて球拾いをしていました。

私にとって、練習試合に行くのではなく、球拾いに行くのですからシューズはそれほど必要ないものだったのかもしれません。

忘れ物は、必要に感じることが大切です。必要に感じためには、忘れた時の嫌な思いを経験することも大切かもしれません。

「用意されている」と「自分で生み出す」

バレーボールチームを立ち上げたときのことです。
ある保護者から、「学年が違うと仲間に入っていけないんですけど」と言われたことがあります。

上級生が気さくに声をかけてくれたりしていましたが、本人から先輩たちに入って行こうとうはしませんでした。

保護者と話をしてると、
少し理解力が弱いので、反応が遅いです。
これをやりなさいと言われないとできない。

いろんなことを私たちが用意してきました。
だから、自分で考えて行動することが苦手なんです。

と言う話になりました。

正直、親としても指導者としても何を言っているのかがわかりませんでした。

指導をするために、多くのことを準備しています。
しかし最終的にはその準備の選択は選手に委ねます。
なので半分以上は準備したことをしません。
もしかしたら、準備したことを全くしないこともあるかもしれません。

時々、選手たちが思いつきでやっているのをみて、その行動は何につながるのか、選手がどうなるのかを考えて採用することがあります。

なぜこのようなことをしているかと言うと、選手たちが自らやりたいと思うことが一番成長するタイミングだと思っているからです。

勉強ができない、頭に入らないのは用意されているから?
部活が好きと言う人は早く放課後にならないかなって思うと思います。

だから素晴らしい技術を身に付けることができるのではないでしょうか?

親は、自分の経験を活かして子どもに最短距離を通ってもらおうと行動していまします。
しかしそれは、親が経験したからこそ身についたもの。
子どもたちにその経験をさせなかったらどうなるか?

みてる方は歯痒くてイライラするのかもしれません。
そこはぐっと我慢して、成長をみてあげてください。

「経験」と「行動」

ある選手が、チーム内でうまくいかず悩んでいました。

性格的には、リーダーに向いている選手だと思っています。
そしてチームでは部長をしていました。
このチームでは、部長、ゲームキャプテンなど様々なリーダーを立てている様子でした。

チームの中で一番発言力がある選手は、経験年数も長く実力もある選手でした。
彼は、その選手に対等に物事が言えずに、いつの間にか意見が通らなくなっていました。

私のところで練習する時は、本当に素晴らしい選手だと思っていただけに部活での姿はとても残念に思い応援をしていました。

部活が終わり、身体を動かしたいという選手は多くいると思います。
彼は部活を通して知り合った学校以外の友達と時々スポーツを楽しんでいました。

そんな経験がある選手ですが、仲間内でスポーツをしている様子をみていると、少し強い口調で友達を激励していました。

「自分がされて嫌なことは人にはするな」

学校で教わることだと思います。
しかし、嫌なだなって経験をどうしたらやらないで問題解決するかについては教えてくれません。

やならくてもいいことなら、別にいう必要もないですから。

でも彼も、部活で一緒だった選手も何か行動をしなければいけないと考えている。

しかし、キツく言うことしかされていないのでそれしかできない。

経験したことしか行動にできないのは事実です。

私自身、思うのはコミュニケーションとはインタラクティブであって初めて意味をなすものと思っています。

もし彼らに関わることがもう一度できるのであれば、この経験を積ませてあげて、違う行動になるようにしてもらい。
そしてその行動から結果が変わることを知ってもらいたいと思っています。

みなさんの周りでも、このような選手、このような環境になっているチームいませんか?

どんな経験が行動につながるのか考えてみてください。

「飛び込む」と「飛び込まない」

私が行なっている運動教室などは有料です。
なので、参加するしないは、参加者の気持ちに委ねられます。

以前、上級生と上手くできるか心配です。と保護者の方が行ってきたことがありました。

その時は、上級生はこの子に対してコミュニケーションを取ろうとしていました。
でも、その子はその行動に気がつくことなくやめてしまいました。

1番にやりたいことが何だったのか?

技術習得の場所で、みんなが上を目指している場所です。

ここで練習していけば、2学年上の選手たちのスピード、パワーに慣れることで自分の学校での活躍ができるチャンスだったのにちょっと残念でした。

さて、皆さんはどう考えますか?

池の底欲しいものが落ちているのが見えています。

水の中に入っていけば取れるのに、水が冷たい、泥が嫌と言って眺めていますか?
それとも、池に飛び込んで欲しいものをつかみますか?

選手たちが頑張ろうと意思表示をすれば、保護者の方や周りの大人が池の淵までお手伝いしてくれます。そこからは、選手自身が何を1番に考えるかになります。

頑張ろうと言う意思はどのぐらいの意思なのか?

ぜひ選手たちと話し合ってみてください。

最近私の周りには、やるって言いながら、池の水に少しだけ触れて入らない選手を見かけることが多くなってきました。
本当はやりたくなかったのかな?
この先スポーツやめてしまうのかな?
といろんなことを想像してしまいます。

自分から入っていく勇気を持ってスポーツに臨んでください。
入るっていく経験は今後大きな成長になります。

「さまざまなスポーツからいろんな経験を」


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「さまざまなスポーツからいろんな経験を」

スポーツの特性にもよりますが、選手には色々なスポーツをさせてみてください。

日本では、小さい時から一つのスポーツをやり続けることが多いです。

すると、壁にぶつかった時に、方法がわからずに選手が潰れてしまうことがあります。

違うスポーツをしていると体の使い方やスポーツの考え方から壁を乗り越える方法が見えてくるのかもしれません。

本格的に他のスポーツに取り組のは大変かもしれませんが、アップの時に違うスポーツをしてみたり、オフシーズンに他の部活と一緒に活動してみるなど、工夫はできると思います。

学校は、色々な授業があります。

それと同じと思えば二刀流、三刀流は決して難しいことではないと思います。

スポーツは色々進化しています。
それに対応するために指導者も考えなけれいけないし、選手自身も色々な経験をすることで、よりスポーツを楽しめ、進化に対応してさらにスポーツを進化させていくものになると思います。

ぜひいろんな経験をしてみてください。

「競技に集中して楽しめる事が大事」

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「競技に集中して
      楽しめる事が大事」

先日バレーボールの体験にきてくれた選手の保護者にこんなことを言われました。

「すごく楽しそうにやっていてよかったです。」

実はその選手がニコニコしながらやっていたのかは少し疑問に思っていました。

社交辞令的な部分もあるのかもしれませんが、保護者からは楽しそうに見えて「楽しそうにやっていた」という言葉が出たのかと受け止めています。

他の体験会でも、こんなに「楽しそうにやっている姿をみた事がない」という感想もありました。

これは、私のスポーツに対する考え方で「理念」になるのですが、
「スポーツは遊びであり楽しむもの」
(この楽しいはいろんな意味があって、楽しむために何をしなければいけないのかを考える事が必要になっています。)

普段のスポーツはどんなイメージがあるのでしょうか?

苦しくてもその先にある、何かをつかむ事が楽しいはずなのに「何かをつかむ事」ができなかった経験が多いのかもししれません。だから楽しくないのかもしれません。

この「何か」を明確にする事で、楽しいを理解して、理念に基づくチームができてくるのではないでしょうか?

あなたの関わる選手、お子さんはスポーツを楽しんでいますか?

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