「部活」と「先生」

最近、相談に来られる方の多くは、チームメイトとの関係についてが多いです。
いろんな学校から集まるチームの指導者との話では、
「純粋にスポーツさせてあげたいからクラブでやらせたい。」
と保護者が言ってくる事が多いそうです。
指導者は、「それでもいいけど、部活で何をしているのか?本当に疑問。」
と怒りをあらわにしていました。

学校の先生たちに聞くと、「科目以外にも色々勉強しています。」と言いますが、
しかしその結果が、チームを崩壊させ、選手を混乱に導いているのことは
あきらかなのに、その部分は絶対に受け入れるどころか、
受け止めることすらしません。

学校のあるべき姿、先生とは一体どんな仕事なのか、考えさせられます。

嫌なら無理やりやる部活の意味は何なのか?
私にはわかりません。
今の時代どんなスポーツでも探せばクラブがあり、環境が整った中で
スポーツが楽しめると思います。

色々考えると、やり切る事が美徳とされている部分と
きれいに止めるために続けているのではないかと考えられます。
そこには内申のように学校でしかわからない部分も気にしているのかもしれません。

部活参加が自由化されている中で、やりたい生徒が集まり、出しているはずです。

そのやる気を変な方向に向かせているのは指導者でしかありません。
スポーツ指導に携わっている以上、選手たちにどこに向かせて
進まないといけないのか、最近よく考えています。

みなさんの周りにも、いやいややっている選手いませんか?

「言葉」と「指導」

たまたま、学校の先生に用があって学校に行こうと連絡をとったら、
「練習試合に行っているので、そちらにきてください。
できたら選手たちにアドバイスお願いします。」
と話を頂いたので、練習試合を見学してきました。

ここ数年中学生のいろいろな種目の試合や練習試合を見学させてもらって
いましたが、久しぶりに昭和的な指導をみました。

数年前、小学生に対して罵声を飛ばしている指導者を見て
頭が痛くなり目的の試合を見る事ができなかった事がありました。

そこから数年、罵声をする指導者は減ってきているかなと思っていました。

残念ながら、
試合中、コートの中で選手の近くに立ち、
脅迫のような言葉を使い、
チームの失点は、関係ないところでも、
その選手のせいにしていました。

帰り際に、選手に話をする機会をいただけたので
「スポーツ楽しいですか?」と聞くと
「楽しいです!」
と答えてくれた選手を見ていると、
涙が出そうなりました。

少し前に問題になった体操選手とコーチの関係なのか?
私が、中学の時(30年以上前ですが)は当たり前風景では、
さらには手が出たり足が出たりしていました。

今でも指導に関わっていることを考えれば、その経験や思い出は
ありますが、それ以上に勝った事が良い思い出になっているのかも
しれないですし、そのいい思い出を選手たちに感じてもらいたい
と思っているのかもしれません。

しかし、今それらのことはしてはいけないことです。
そして、言葉の暴力も考えなければいけない事だと思っています。

中々変われない部活の指導ですが、
勝ったチームが強く、正しいのであれば、
今自分が目指している指導法で、勝つチームを作っていかないと
いけないと感じています。

部活になると人が変わる先生もいると聞きます。

部活のシステムが変わってきているのに、
指導者がついて行けていない現状は
残念で仕方ないと思いました。

「負け」と「感動」

高野連が、選抜の代表チームの1試合のみ甲子園で
試合をすると発表がありました。
何かしてあげたいと思う気持ちが選手の周りにいる人たちが
多いのかと思います。

試合になると必ず勝ち負けが出ててきます。
勝って終われる選手、チームはごく僅かです。

昨年関わった選手は、最後の試合の前に声をかけに行った時も
なぜか泣いていました。

何かを感じることが感動になるのかと思います。

しかし、簡単に負けて頑張ったねと涙しながら
仲間と、保護者と抱き合うのは
学生スポーツの方向として正しいのか考えます。

そこではなく、3年間やり切って、
どんな学びがあったのか?
それをどう次に活かしていくかを
考えないと、最後の試合の意味が
ないのかなと思っています。

娘が中3で、部活のために学区外に通いましたが、
この中で「部活?もうどうでもいいよ。」ぐらいに気持ちが変わり
今後について、今どうするかを考えているようです。

選手はすでに切り替えができたりしているようなので
実際は、指導者、保護者、学校が何かしなければいけない。
と思ってやっているだけかも知れませんね。

切り替えをした選手には、とても難しい試合になるかも知れません。
でも、自分の気持ちを戻すことは社会に出ても必要か考え方だと思います。
この数ヶ月、いろんなことを考えることが次につながります。
どんなことでもいいので考えるということをしてみてください。

「昔」と「今」

緊急事態宣言が一部解除されました。
これから新しい生活様式を意識して生活をしていく
次のステージに入ってくると思います。

私たちが経験していた生活は全て過去のものとなり
新しい生活様式を意識しながら、
未来をどう考えていくかが大切になっていきます。

スポーツも大きく変わってくるのではないでしょうか?
トップ選手たちはそれほど変わらないかもしれませんが、

特に学生スポーツは学校の入学問題から、燻っている部活動など

一気に変化していくものかと思います。

そんな環境が変わっていくであろう中で、
指導者も変わらなければいけません。

昔の経験だけで指導しては、今の状況にクレームを言っているだけは

未来を変えることできないと思っています。

今、何をすべきかをしっかりと考えて、この経験をどう活かすか
選手とともに考えてこれからのスポーツとの関わりを考えていただきたと思います。

「授業」と「部活」

いろんなことを調べていたらある資料がでてきました。

それは、中学生の授業時間数です。
年間1015時間とでていました。

たとえば、部活を考えると
週4日で、1日2時間、1年50週(だいたいですが)

4x2x50=400時間

一番多く受けている授業は国語、数学、外国語(多少学年によって違いがあります)が140時間となっています。

学校はどの授業よりも部活だったのかと改めて感じています。

しかし、今の状況はスポーツは後回しになっていきます。
学校生活の比重も大きく変わっていくもの感じています。

本来はあと数ヶ月、中学生のまとめてとして部活を行うはずだった3年生。
そんな3年生はすでに勉強にシフトしている選手もいると聞いています。

世の中が大きく変わるなか、スポーツのあり方も変わってくるでしょう。
そのとき、選手、保護者、指導者それぞれの立場でどう向き合うのか
考えて見てください。

「学び」と「指導」


本来だったら、新体制が始まって部活などでは、先輩が後輩を指導するということが始まってくるころかと思います。
残念ながら、そういった体制が整っていないのが現状かと思います。

私は、講演などの仕事もさせてもらっているのですが、パワーポイントなど準備をしながら、喋る練習をしています。
資料ができたら、一人で喋って練習をします。
このようなことをすることで、実は指導する立場の人が一番学んでいることになります。

ある団体は、喋ることを意識して指導練習を多くしていました。
なので、すぐにインストラクターとして活動ができるようになります。

またある団体は、技術ばかり追っていて、
喋る練習指定ないので、現場は毎回混乱しています。

部活動なのでは、後者の方が多いのではないでしょうか?

ある程度の技術を見せることをは大切です。

しかし、そこで解説がなければ何をしているのかがわからず、成長も時間がかかります。

今この休み期間に、ぜひ指導の練習してみてください。
集団でいると、こう言った練習は少し恥ずかしいことかもしれません。

ですが、今の時期は一人でいることが多いかと思います。

時間の有効利用してみてください。

「選択」と「責任」

学校が休校でいろんな問題がでているようです。

公園で遊んでいる子どもたちをみて学校にクレームが入るそうです。

「家で大人しくしているようにしどうしてくれ!」と
しかし、休校を宣言した学校がそこまで指導するべきなのでしょうか?
家庭での話し合いでの結果であれば、責任は家庭になると思います。

と言うよりも、クレームを言う人たちは、
なぜ直接子どもたちに話しかけないのでしょうか?

ひとはいつのまにか「責任」をなすりつけることを「選択」しているのです。

部活では時々、「やらされている選手」をみることがあります。

いやならやらないという「選択」があります。

しかし「責任」からのがれるために、やらされているという感情を出して、不機嫌になります。

そこで自分自身の責任で選択することを考える今日のしつもん
Q1:今あなたにとって問題になっていることは何ですか?

Q1-a:その問題を抱えていると、なぜだめなんですか?

Q2:どんな環境だと自分の力を発揮できますか?

Q3:自分の力で変えられるものは何ですか?

「レギュラーの考え方」と「レギュラーでない人の考え方」

部活は教育の一環なのか?椅子をだしたり、お茶をだしたりする気遣いは、何にいかされるのか?ある人のブログにいろいろ書かれていました。


その中で、レギュラーはボールをさわり、そうでない人は応援手伝いに回る。これは教育としてどうなのか?と触れていました。


義務教育では誰しもが同じ教育をうけれるようになっていると思います。それが部活になると、試合に出れる人、そうでない人に振り分けられます。

公式戦での緊張感は公式戦でしか味わうことができません。

そこを知りプレッシャーの中で動くことが大きな成長につながっていきます。
公式戦に出れるレギュラーは勝つために貪欲になっていき、いろんなことに挑戦をしていこうとします。

逆にレギュラーになれなかった選手は、一芸を磨く傾向にあると思います。
いろいろなスポーツやポジションにもよるかもしれませんが、こうなるとレギュラーから技術も考え方も、行動もどんどん離されていきます。

いつの間にか、人のせいにしたり、体格のせいにして、自分と向き合うことをやめてしまいます。

公式戦の体験ができないのであれば、練習でどこまでこうしきせんのつもりでやれるかになると思います。

しかし、そこを意識できるのはやっぱり公式戦を経験したものだけになります。
中学生の練習をみていて、最近集中力のなさを感じることがあります。それはきっと、どこかでレギュラーを諦めている部分がかるのかもしれません。

現在の2年生はほぼほぼレギュラーが決まり、チームとしての活動になっていくと思います。

春から夏に向けて数ヶ月で大きな成長をきたいするのではあれば、今のこの時期に多くの選手に役割をあたえレギュラーとして参加されることが大切ではないでしょうか?

というより、教育であれは同じ環境を与えてあげて欲しいなと思います。

「終わり」と「始まり」


春高が終わりました。バレーボール関係の選手のTwitterをフォローしているので、トップ選手たちの言葉を直接かんじることがあます。

その中で、ものすごく違和感がある言葉があります。

それが「引退」という言葉

中学生も部活が終わると引退という言葉を使います。
本当にそのスポーツをやらないのであれば「引退」でもいいと思います。

しかし、上のカテゴリーでまたやるのではあれば、引退って使って欲しくないなとおもいます。

私のチームでは大会にでない選手は練習生、もしくは練習パートナーといいます。

やめるという判断は、しっかりと覚悟をもってもらいたいと思います。
何かが「終わる」ということは新しく何かが「始まり」となります。

学校では、「卒業」という言葉をつかっています。
最近はアイドルグループなど芸能界でも「卒業」という言葉つかってへのステップアップと捉えています。

これから卒業シーズンに向かっていきます。
終わりを考えることはとても大事です。

そして終わったときにどんな言葉を使うのが自分にとって一番合っているのか考えてみてください。

きっと取り組み方や結果がかわってくると思います。

「驚き」と「感動」

感動するには、驚きがあります。
ラグビーのW杯は、一生に一度とかもと言うプレミア感があっり、そして前回の結果などもあり何かやってくれるだろうと言う期待がありました。

その中で、しっかりと準備してきた結果、ランキング上位を破った驚きと、初の決勝トーナメントでベスト8で日本中が感動しました。

スポーツは、驚きがあることで、感動し人を引きつけていきます。

最近、選手や保護者から指導者についていろいろな意見を聞きます。

そこには、選手と指導者、保護者と指導者の関係がうまく言っていないように感じます。

それはなぜか?

スポーツを面白くないと感じ、驚きがないからです。

「これをやってごらん」と一言でアドバイスしたことが、すぐに選手できて、プレイが変わったら、選手自身が驚きもっとやりたいと思うでしょう。

また、選手が考えた答えを、少し大げさに驚けば選手はこの考え方は間違っていないと自信につながっていきます。

そんな驚きを繰り返すことで、試合で感動に結び付くと思います。

プレイへのアドバイスは難しいかもしれませんが、選手を観察していればできることだと思います。

多くの部活を見学させてもらっています。練習をみていると、淡々と進んでいき驚きがないように感じます。

練習の中でところどころに驚きを入れてあげてください。

もし、これを読んでいる方が人との関係を感じていたら、驚きを意識してみてください。

きっと関係が変わってくると思います。

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